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会社プロフィール

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法人名: 株式会社福山健康舎 太田ゆうすけ
代表者: 代表取締役 大田祐介
所在地: 〒720-0825 広島県福山市沖野上町3-6-33
連絡先: TEL (084)-931-4572
FAX (084)-924-5234
設立年月日: 1979年(昭和54年)4月2日
資本金: 1,600万円
従業員数: 12名(平成27年10月現在)
事業内容: 医療機器及び医療材料の卸・販売、介護用品の販売、福祉用具の販売・レンタル、入院用品及び衛生材料の販売、家庭用医療・健康器具の販売 X線防護パネル販売、患者移送用保温バッグ販売、インフルエンザ対策用品販売、天然水の販売、無農薬野菜の栽培、民宿・ワイン事業部
主な営業品目: X線防護パネル「ドクター安心パネル」患者移送用保温バッグ「OTA RESCUE BAG」シーパップ、家庭用体温計、血圧計、特殊寝台、特殊寝台付属品、エアーマット、体位変換器、エアーマット、腰掛け便座(便器)、特殊尿器、入浴補助用具、車いす、移動用リフト、スロープ、歩行支援機、おむつ、入院用品一式、サプリメント、睡眠メラトニン、奥大山のおいしい水、無農薬野菜など
法人名
株式会社福山健康舎
代表者
代表取締役 大田祐介
太田ゆうすけ
所在地
〒720-0825
広島県福山市沖野上町3-6-33
連絡先
TEL
(084)-931-4572

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FAX
(084)-924-5234
設立年月日
1979年(昭和54年)4月2日
資本金
1,600万円
従業員数
12名
(平成27年10月現在)
事業内容
医療機器及び医療材料の卸・販売、介護用品の販売、福祉用具の販売・レンタル、入院用品及び衛生材料の販売、家庭用医療・健康器具の販売 X線防護パネル販売、患者移送用保温バッグ販売、インフルエンザ対策用品販売、天然水の販売、無農薬野菜の栽培、民宿・ワイン事業部
主な営業品目
X線防護パネル「ドクター安心パネル」患者移送用保温バッグ「OTA RESCUE BAG」シーパップ、家庭用体温計、血圧計、特殊寝台、特殊寝台付属品、エアーマット、体位変換器、エアーマット、腰掛け便座(便器)、特殊尿器、入浴補助用具、車いす、移動用リフト、スロープ、歩行支援機、おむつ、入院用品一式、サプリメント、睡眠メラトニン、奥大山のおいしい水、無農薬野菜など

創業者紹介

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会長 大田浩右

株式会社 福山健康舎は1979年(昭和54年)4月、大田記念病院の付加価値を高めることを目的として設立された会社です。
 当時は品質が良くて安い紙おむつ、その他の介護用品の販売が中心でした。その後、電子カルテ事業部を設立し、大田記念病院の電子カルテ導入に力を発揮しました。
 最近は電子カルテなど医療情報システム開発の他に、脳梗塞予防のために奥大山のおいしい水の販売、介護労働軽減のための省介護ベッドの販売など、健康予防、介護予防に力を入れた企業活動をアドバイスしています。また、私の開発した放射線を使う検査の際、医師・看護師を放射線から守る放射線防護パネル(ドクター安心パネル)の販売をお願いしています。

2011年12月

太田ゆうすけ

大田祥子

1941年3月1日岡山県久米郡旭町に生まれる。
岡山大学医学部卒業、岡山大学第一内科入局後、川崎病院、岡山済生会総合病院内科を経て1973年福山市に内科医院(大田内科)を開業。
1977年主人と共に大田病院を開設。10年後全ての資産を国に寄付し、特定医療法人 祥和会 大田記念病院とし、2000年厚生省より「脳神経センター大田記念病院」を標榜することを許可された。
 備後地区の脳神経疾患治療の中心病院の中で、主に糖尿病を始めとする生活習慣病の治療にあたっている。薬に頼らず、食事、運動、休養の生活療法で楽しい人生を送れるよう指導していた。自らも一日一日を大切に、一人一人を大切に、をモットーに患者さんと共に生きることに心掛けて生活していた。
 一方、スポーツドクターとして運動の重要性を啓蒙して歩き、自らも‘85年大阪国際女子マラソンを完走し、40歳より始めた山歩きを続けていた。
 1997年にネパールのカラパタール・トレッキングに参加して以来、毎年辺境の地を訪れ、2001年正月にはアフリカ最高峰のキリマンジャロ(5895m)登頂、2002年5月はネパールのアイランドピーク(6189m)、ロブチェイースト(6000m)に登頂。2002年9月世界第6位の高峰・チョーオユー(8201m)登頂。2003年5月ネパールのパルチャモ(6187m)登頂。2004年1月南極大陸最高峰ビンソンマシフ(4897m)登頂。
 2004年5月20日、中国側よりチョモランマ(エベレスト8848m)に登頂後、下山中8500m付近で滑落、不帰の人となる。

大田祥子

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